03.11.2012@17:28
JUGEMテーマ:今日、こんなこと、あんなこと、あった。
あの日、地震がおさまったあとすぐシトシト雪が降ってきて肌寒くて、それが妙で凄く不気味で、それでいて外はどこもかしこも真っ暗で。
いつも以上に静かな夜でした。
停電で情報網が途絶えた中、翌日の朝刊を見て飛び込んできた予想もしていなかった現実に瞬時に胸の中が冷たくなってキューッと吸い取られるような感覚がしました。
きっと胸が締め付けられるってこの事を言うんだろうなぁ。
震災という出来事をきっかけに、きっとこんなにも私は切に何かを想った事はないと思います。
震災によって生まれたその想いも繋がりも、自分の中で引き続き大切にしていきたいです。
そして2012年3月11日の本日で2011年3月11日の震災から1年という月日が流れました。

『さようなら原発・さようなら核燃 3.11 青森県民集会』
本日集会に参加しました。
コンサート、トークショーで使用された会場は普段ライブ会場としても使用されている青森市文化会館。
私も何度かライブで足を運んだ事がありますが、正直二階席の後ろの隅々までこんなにも文化会館が人で埋め尽くされているのを見たのは初めてでした。
弘前から会場に向けて運行されたバスも満員だったそうです。
比較的年齢層は高いものの、会場にもデモにもお子さん連れの家族そして私世代の若い人達もたっくさん参加されていました。
それ程この日、この集会が特別であるという事がわかります。
青森県民は口下手で奥手な人が多いと私もわかっていますが、行動する事はみなさんが思っている程恐ろしい事ではないです。
寧ろせっかくのその想いがないがしろにされてしまう事の方が恐ろしいです。
どうか自分の想いを殺さぬよう。
鎌田慧さんが、いつの日か東京でのさようなら原発集会でも言っていた、とても印象に残っていた言葉を本日この耳で聞く事ができました。
「私達は東北の鬼となり新たに怒りをもって表現していかなければならない」
東通村には原発、六ヶ所村には再処理工場、むつ市には核燃の中間貯蔵施設、福島第一原発事故を受けても尚大間町に原発を建設しようとしている青森県。
県民はもっと危機感をもっていかなくてはいけないと思うんです。

つがーるというこの地が好きだから私はやっぱり断固反原発です。
日本から原発がなくなるよう、何よりもまずは己が暮らす青森県から一刻も早く原発がなくなるよう事を起こさねばもう間に合わなくなってしまう。
1年という通過点の今日は改めて気持ちの整理ができた大切な日となりましたとさ。



































